連載「一代記」

連載「一代記」

 競馬ファンの枠を超えて好評をいただいている“競馬の達人シリーズ”。今回は、最強牝馬メジロラモーヌを育てた奥平真治元調教師です。連載当時はジェンティルドンナがJRA史上4頭目の3冠牝馬にリーチをかけていましたが、“初代”の達成当時はどうだったのか? メジロラモーヌを中心に奥平師の育てた名馬たちの秘話、逸話をお届けする。(全15回、毎週月曜更新 ※この連載は12年9月25日~10月18日東京スポーツに掲載されたものです)

  •  前回は横山典弘とメジロライアンの、ダービー2着に対する奥平真治の思いを記した。それ以前にメジロアルダンのダービー2着に関しても書いたが、奥平にはもう1回、競馬の祭典での銀メダルがある。1991年のレ

  •  1990年の弥生賞でアイネスフウジンを破ったメジロライアンと横山典弘。しかし、奥平真治は苦笑しながら語る。「あれはアイネスフウジン(4着)があまり上手に乗れなかったんだ。皐月賞(2着

  •  前回は岡部幸雄についての奥平真治評を記したが、厩舎にも何人か所属した騎手がいた。 ケープポイントとのコンビで活躍した柏崎正次(※注1)は、メジロライアンやメジロモントレーの新馬戦

  •  何回かに分けてメジロラモーヌの話を記してきた。しかし、奥平真治と「メジロ」が送り出した活躍馬は、このラモーヌだけではない。前回触れたメジロフルマーもそうだが、他にも1989年の高松宮杯を勝ったメジロ

  •  史上初の牝馬3冠へ向け、エリザベス女王杯のスタートを切ったメジロラモーヌ。奥平真治の頭の中では、様々な思いが交錯した。「あれだけの馬だから勝たせないといけないと思ったし、勝ちたいとも

  •  1986年の桜花賞を制したメジロラモーヌ。陣営は「自然の流れ」で次なる目標をオークスとした。 しかし、直接ではなくオークストライアル・4歳牝馬特別を挟むことになる。その理由を奥平は次

  •  メジロラモーヌのデビュー戦は1985年10月13日、東京競馬場。ダート1400メートルの新馬戦だった。「調教で動いていたし、ある程度はやれると思った」。単勝1・4倍という圧倒的1番人

  •  奥平姓を継ぐことになった奥平雅士調教師が、メジロの故北野ミヤさんの妹の孫であることは前回記した。今回からはいよいよ“メジロ”と奥平真治の物語をつづっていく。 奥平真治が世に送り出した

  •  数々の名馬を育てたことで知られる奥平真治元調教師。しかし、育てたのは馬ばかりではない。奥平の下から、多くの優秀なホースマンも巣立っていった。今回はその中から調教師となった2人を紹介する。

  •  エイティトウショウ、トウショウペガサスの弟、トウショウサミットには苦い思い出があった。 同馬は85年のNHK杯を勝った。現在のNHKマイルカップの前身だが、距離は2000メートル

  •  前回はハイランド牧場との関係を書いたが、奥平真治厩舎といえば“トウショウ”。この老舗との関わりも記さないわけにはいかない。 最初は所属騎手・中島啓之と同郷の広島出身ということで、トウ

  •  1973年、第18回有馬記念を奥平真治が管理するストロングエイトが制した。 それまで大きなタイトルもなく、11頭中10番人気でしかなかったこの馬は、「実は出走すらままならなかったかも

  •  1971年、10頭からスタートした厩舎の管理馬はすぐに15頭になった。奥平は言う。「藤山洋吉さんら父が生前に付き合いのあった馬主さんが協力してくれました。“切っても切れない仲”とでも言うのかな。開業

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